Go to oversea!!

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自分の才能を超えていけ!!

自分で自分を超えるために、とことん頑張る。息抜きも全て。

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自由に意見を言える場こそ、自由であることの幸せを感じられる最高の場である

黄金の一週間と呼ばれるものが終わりました。

 

昔は、本を見ながら「あれをしよう」「これをしよう」と考えたものです。

初日の算数は、ちょっとネタ的なことをやって、なんとなく満足して終わっていました。

 

しかし、数年前、クラスが成り立つかどうかの瀬戸際に来た時、これまでの全ての実践を捨てました。本に載っているようなことをしても、授業が、生活が全く成り立たなかったのです。

 

その結果、自分の頭で考え、自分の言葉で子どもに向き合うようになりました。

 

この一週間に行ったことは、とっても地味なことです。

授業も、いきなり初めます。いちいち、ワンクッション置くようなことはしません。

 

学級開き後、1時間の学活をしてから、即国語の授業をしました。

クラスで、学年で音読を楽しみ、詩を模写。

全員の字の特徴をほめました。

 

社会、算数の前に、一つだけワンクッション置く授業を入れました。

 

それは

「カントリーマアム、食べるならバニラ?ココア?」

という授業です。

 

一応、どちらかの立場になり、全員発表をさせます。

聴衆の反応は絶対に「いいね~!!」です。

 

そして誰もが違う意見で良いこと。間違いなんて存在しないこと。

意見の違いは、全く人間性の否定につながらないことを認識させます。

子どもたちも、自分の嗜好について言い合うだけですから、否定なんてできません。

 

この授業を終えても、知識的に残るものはありません。

 

しかし

・自由に発言していい体験

・自己開示できる体験

・人の意見にワクワクする体験

・いい反応をもらえる体験

を得ることができます。

ちなみに「いいね」に限定していた反応も、意見を聞くうちに勝手に「おお!」とか「えー!」というものに変わります。「いいね!」の強制は、あくまで素地づくり。いつか、ぶっ放して反応します。が、風土を作るときには強制します。

 

こうした経験を授業でできればよいのですが、現段階で、僕はそこまで一気にできるほどの実力を備えていません。こうした無意味?な討論を通して、雰囲気作りをしていきます。

 

もしかしたら、誰かの実践にあることなのかもしれませんが、これは僕なりに子どもたちの様子を見て考えだしたものです。

 

とにかく全ての活動をどう価値づけするか

それだけきちんと考えれば、どんな活動も子どものためになると思います。

 

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なんでもいいから言っていい経験って、教科の授業ではなかなか難しい。

 

それでは、また。