Go to oversea!!

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自分の才能を超えていけ!!

自分で自分を超えるために、とことん頑張る。息抜きも全て。

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死ぬくらいに勝負したらいいじゃないか in ラオス

僕は教員なので、俗にいう安定した職業であります。

はい。確かに、給与面では安定しているでしょう。

基本的にどんだけ仕事がうまくいっていなくても、やめる人はいません。

 

いや、いないというより、辞められないんですよね。

安定を手放すということはとてもしんどいことだから。

 

僕には大好きなおばあちゃんがいました。

先月亡くなったのですが、最後まで一人暮らしを続けるとても強いばあちゃん。

でも、そのばあちゃんが死ぬ前に「もう生きがいがない」とつぶやいていました。

 

僕はそんなばあちゃんに、何の声もかけられず、帰るしかない状況に…

 

ばあちゃんは、一人で強くいきました。

ガスも出ないところで、真冬の東北の凍るような水でお米をたいたりしていました。

洗濯機もなく、お風呂もない。

 

僕はそんな状況になにもできませんでした。

でも、そういう老人の方は、日本にも世界にもたくさんいると思う。

ばあちゃんの最後の言葉が突き刺さる…

 

今の仕事は大好きです。

子どもと会うのが楽しみだし、真剣に向き合えるし、本当に合っていると思う。

 

でも、今自分の心の中に思い続けていることがある。

伊吹山で感じたあの気持ち。

感情があんなに動いたのに、それを無視することなんてできない。

 

結局、何か新しいことをしようとすれば、危険はつきものだ。

道は一つじゃないし、僕には僕にしか理解できない感性がある。

それは、他者がどうこう言うものではない。むしろ自分で決めないといけないこと。

 

海外旅行に来て、僕が身につけたい力は自分自身が強く、たくましくなることだ。

だから、素敵な観光地を巡りたいわけでもないし、豪遊してワイワイしたいわけでもない。

 

電波や、情報に頼らずに、自分の目で見て、聞いたものを信じ、一生懸命生き抜くことが大切だ。日本でクセみたいにスマホを触ってしまう僕でも、毎日が、情報に頼らない選択の連続。

 

ラオスの間中、結局湧き上がってくるかなあと思っていた運動会への熱もわかず。

でも、国内では結局ないがしろにしてきた、自分の心との対談はかなりできた。

ラオスは何もない国なので、余計に自分自身にしっかり向き合えたと思う。

 

前回もそうだったけど、全く観光しないというスタイルはみんなが無意味と思うかもしれない。

 

僕は英語をまともに話せないし、実際話しかけるのがとても怖い。

だから、ビビりまくりで行動の効率もめちゃくちゃ悪い。

うん。あまりにも悪すぎる(笑)

 

お店を決めるのに何分もかかってしまう。

でも、それが僕なんだ。

いったり来たり、迷って考えて。

 

いつもそうやって生きてきた。クソ不器用だからこそ今の自分がある。

だったら、これからもクソ不器用で、その自分を全力で出していくしかない。

効率よくなんて無理。

 

あと、あまりにも天邪鬼なので、観光がそれほど好きじゃない。

そんな時間と、お金をかけるのであったら、その土地特有のお店や、無料で味わえる空気感、人の様子を見ることなどに時間やお金をかけたい。

大きな目的とか、そんなこと達成しようとすると、なんか旅が窮屈になって好きじゃない(笑)

 

こういうややこしいのが、僕なのだ。

 

運動会への考えがどうして沸いてこないかというと、実は何を隠そう、運動会にやる気が出ないからだ。なぜ無理やり全員を走らせて順位を決めるのか。なぜ、子どもたちの意見を全く聞かずに、決まった先生が一人で表現運動を作り上げるのか。って考えていたら、なんかだんだんバカバカしくなってきた。

 

前からそういうモードにすぐなるのだけど、今年はどういうわけかそのモードが長い。長すぎるw

旅行中に終わるかなあと思っていたのだけれど…

むしろ、頭の中からこのことを本気で忘れない限り、降ってくることはないだろうなあ。

 

明日はラオス最後の日。

まあ、結局何もしないだろう。

でも、それでいいのだ。

 

きっと、そんな中だからこそ、頭に何かが降ってくることがある。

 

それを、ただゆるりと待とうではないか。

(ブログに書いてる時点でゆるりとできていないのだけれど…)

 

今から、メコン川でも眺めに行って、適当にご飯食べて来ようと思います。

ゆるりと行こうではないか。

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ゆるりと生きましょう。